安全な歩行をガイド:AIを活用して誰もが安全に渡れる横断歩道を実現する「Oko」

アプリ「Oko」のスクリーンショット。横断歩道のライブカメラ映像が表示されており、「Countdown signal(カウントダウン表示のある信号)」と「Don’t walk signal(横断禁止の信号)」というテキストが表示された画像。

「Oko」は、「シンプルイズベスト」をまさに体現したアプリです。

このアプリは、2024年のApple Design Awardsインクルージョン部門、およびApp Store Awardsのカルチャーインパクト部門で受賞しました。人工知能を活用して、触覚、聴覚、視覚のフィードバックにより「横断可能」「横断禁止」などの信号の状態を知らせ、視覚障がいのある人が歩道を安全に歩けるようサポートします。アプリを使い始めるとすぐに、ユーザーは自信を持って歩道を歩けるようになります。UIは必要最低限の要素のみに絞られていますが、見えない部分ではビジュアルツールとAIツールを見事に組み合わせて優れた機能を実現しています。そして驚異的なのは、このようなアプリを作ったのが、それまでiOSやSwiftでの開発経験がなかったチームであることです。

ベルギーを拠点に共同設立者3人が立ち上げた「Oko」のVincent Janssen氏はこう語ります。「アプリへの感想として一番よくいただくのが『とてもシンプルで、複雑な要素がまったくない』というものです。非常に嬉しいですね。これは、自分たちが慣れ親しんでいるデザインのアプローチに沿ってやった結果ですが、それがユーザーの視点からも正しい選択だったのです」


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モニターの周りに集まって自分たちのアプリをレビューしている3人の共同設立者、Vincent Janssen氏、Michiel Janssen氏、Willem Van de Mierop氏。

Oko

  • 受賞カテゴリ:インクルージョン
  • チーム:AYES BV
  • 対応デバイス:iPhone
  • チームの規模:6人
  • 受賞歴:2024年App Store Awards(カルチャーインパクト部門)、App Storeエディターのおすすめ

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Vincent Janssen氏、兄弟のMichiel氏と長年の友人であるWillem Van de Mierop氏によると、熱意に満ちた「Oko」(この名前は「目」を意味する語)のプロジェクトが生まれたのはパンデミックの最中でした。コンピュータサイエンス、特にAIを専攻し、拠点とするアントワープで長く働いていた3人は、2021年の初め頃、日々に物足りなさを感じていました。「3人ともフルタイムで働いていましたが、週末はかなり退屈でした」とJanssen氏は振り返ります。しかし、そこで彼らは気付きます。自分たちの生活は、視覚障がいを持つある長年の友人の日常とはまったく違うものであることに。Janssen氏は、特に秋と冬の数か月、その友人は大変な不自由を強いられていると感じました。

「私たちは、その友人がほかの誰よりも孤立を感じていると実感したのです」とJanssen氏は言います。「ここベルギーでは、視覚障がいのある人は散歩には行けますが、一人で行くか、家族の付き添いが必要でした。ボランティアやガイドの付き添いは認められていなかったのです。そこで、AIエンジニアである私たちは考えました。『自動運転車はあれほど技術開発が進んでいる。同じように画像やビデオを使ったシステムで、人々が公共の場所で安全に歩けるようにサポートできないだろうか?』と」

数年前に、Xcodeを3回ほど使ってみたことはあったと思います。でもそれ以外、誰もiOSやSwiftの経験はありませんでした。

Vincent Janssen氏(「Oko」共同設立者)

3人はプロトタイプの制作を始めました。このプロトタイプは、マイクロコンピュータ、3Dプリントした素材、Janssen兄弟が父親から借りた小型のポータブルスピーカーで構成されていました。Janssen氏が「ハックするためのハードウェア」と呼ぶ、今でも使っているこのプロトタイプは、いわばカメラ付きの小さなコンピュータに過ぎません。しかしこれのおかげで、チームと、今では一番のテスターとして協力している視覚障がいを持つ友人は、アイデアを検討しテクノロジーの可能性を探究することができました。AIは歩行者用信号の状態を認識できるだろうか?どのくらい遠くから「横断禁止」のサインを検出できるか?雨、風、雪が性能に影響するだろうか?これらを調べる方法は、ただ一つでした。Janssen氏は言います。「とにかく、たくさん歩きました」

AIとハードウェアは、路上テストではうまく機能しました。しかし、ハードウェアのサイズや使いやすさに関して障壁に直面し、チームはソフトウェアの方が目的により適しているのではないかと感じ始めました。問題は、3人ともiOSアプリの開発経験がほとんどなかったことです。Janssen氏はこう振り返ります。「数年前に、Xcodeを3回ほど使ってみたことはあったと思います。でもそれ以外、誰もiOSやSwiftの経験はありませんでした」

アプリ「Oko」の2つのスクリーンショット。左のスクリーンショットは、マップビューに表示された推奨歩行経路を示している。右のスクリーンショットは横断歩道のライブ映像を示しており、画面上部の緑色の吹き出しに「Walk signal(横断可能の信号)」という言葉がハイライトされている。

同年の夏、チームはソフトウェアへと軸足を移しました。3人とも勤務先を退職し、チュートリアルやビデオ、Web検索で見つけた信頼できるリソースを利用して、Swiftの習得に打ち込みました。コアとなるアイデアはすぐに固まりました。シンプルなアプリを構築し、カメラアプリ、Maps SDK、パワフルなAIアルゴリズムを活用して街を歩く人々をサポートするというものです。「現在では少し複雑になっていますが、当初の基本コンセプトは、カメラフィードとCore MLモデルを使って画像を処理するというものでした」と述べるJanssen氏は、元のモデルはPythonで書かれたものを使用したと説明します。「幸い、これらのツールのおかげでスムーズに移行できました」(「Oko」のAIモデルはデバイス上でローカルに実行されます)。

ソフトウェアの大枠が確立された後も、さらなるフィールドテストが必要でした。チームはアクセシビリティ推進に取り組むベルギー中の団体や組織に連絡を取り、「アプリの共同開発」のためのテスターを100人ほど集めました。当初「Oko」は横向き画面で使用するデザインでしたが、最初にまとめたフィードバックから、ほとんどのテスターが縦向き画面での使用を望んでいることが分かりました。「正直なところ、私も同じ感想でした。しかし、修正のためにはすべてをデザインし直す必要がありました」とJanssen氏は語ります。

緑の壁の部屋に立ち、アプリ「Oko」に関するメモやスケッチが表示された大きなモニターを見ている数人の男性。

その他の変更として、聴覚フィードバックを修正して実世界の音にさらに近づけることや、視覚フィードバックをより多くしてほしいというリクエストへの対応も行いました。こうしたフィードバックのプロセスを通じて、アクセシビリティに対する現実に即した理解を実地で得ることができました。「VoiceOverや触覚フィードバックについて、かなり速いペースで理解を深められました」とJanssen氏は言います。

曲折を経ながらも、プロジェクトは驚くほどのスピードで進みました。「Oko」のApp Storeでのリリースは2021年12月ですが、3人がアプリの着想を得てから1年も経っていませんでした。「UIの不具合がないことの確認などの作業に少し時間がかかりましたが、これはSwiftで書いたコードの理解が不十分だったからです」とJanssen氏は笑いながら振り返ります。「でも最終的には、このアプリで目指した要件を達成できました」

VoiceOverや触覚フィードバックについて理解を深めながら制作を進めました。

「Oko」の共同設立者、Vincent Janssen氏

アクセシビリティに関するコミュニティで私たちのアプリが注目を集め始めました。さらにその後数か月、「Oko」のチームは活動範囲を拡大し続けます。Michiel Janssen氏とVan de Mierop氏は米国を訪れてアクセシビリティ団体と会い、米国における歩道の状況や歩行者の行動パターンに関する実際的な知識を得ました。しかし、アプリの展開が進んでも、チームはシンプルさを重視し続けました。実際のところJanssen氏によると、アプリの使用感が少し複雑になり過ぎるため、検討の末あきらめた拡張機能のアイデアがいくつもあります。たとえば、公共交通機関を見つけて乗車するためのサポート機能などです。

現在、「Oko」のチームは6人になり、Swiftのより高度な問題に対処するデベロッパのチームも加わっています。「リリースから約1年のうちに、機能の追加や処理速度の向上に関するフィードバックが寄せられたので、私たちよりもSwiftに精通した人材が必要になりました」とJanssen氏は笑います。一方、オリジナルメンバーの3人は現在、ビジネス、マーケティング、事業拡大について学んでいます。

シンプルながらタスクを見事にこなすアプリのお手本としての、「Oko」の基本的な魅力は色あせることがありません。「このアプリはまだ発展途上で、私たちは日々学んでいます」とJanssen氏は語ります。つまり、彼らが今後歩んでいく道はこの先も大きく開かれているということです。

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