デザインの裏: 「StaffPad」

偉大な作曲家は、己の想像世界の沈黙からメロディーを生み出します。オーケストラが最初の和音を奏でるよりずっと前から、目には見えない弦楽器、金管楽器、打楽器たちのささやきが、作曲家の心の中で生き生きと命を育んでいます。しかし、これらの美しい旋律を楽譜に変換することは、作曲作業をする上でも特別な課題と言えます。

過去の偉大な作曲家たちは、彼らの創造性をとめどなく楽譜へと流し込むために、確実に信頼できる紙を使って楽譜を作りました。しかしその方法では、楽譜を書いた後に各パートを音楽家ごとに丹念にコピーして再現する必要があり、修正も簡単ではありませんでした。

それとは対照的に、現代のデジタル作曲ソフトウェアは、作曲家や音楽家向けに驚くほどたくさんのツールを提供します。しかし、現代の作曲Appは多くの利点があるにもかかわらず、無機質で複雑な印象を持たれています。これが、作曲家の心に湧き上がった音楽を譜面上で音符に起こす際の、不要な壁となっていたのです。

作曲家でデザイナーのDavid William Hearnは、「こうした楽譜作成プログラムの使い方を学ぶために、実際の作曲作業よりも多くの時間を費やしていました」と話しています。この不協和音が生み出したのは、これまでとは違う音楽に対するアイデアでした。そのアイデアとは、想像力を発揮できて親しみやすいペンと紙を使った手法ながら、デジタルの楽譜作成ツールが持つパワフルな機能を備えたAppです。

「自分にとって、(このAppのアイデアは)わがままな試みとして始まりました。私が欲しかった夢のようなAppだったのです」とHearnは笑顔で話します。彼が思い描いていたのは、簡単かつ迅速な作曲ができ、他の音楽家とのコミュニケーションややり取りができるだけではなく、録音や再生をする機能を提供してくれるような作曲Appでした。

「StaffPad」メインキャンバス

共同の創設者、研究者であるMatthew Teschの協力を得て、Hearnの夢のAppは「StaffPad」となり、革新的な楽譜へのアプローチを踏み出しました。2015年の発売以来、「StaffPad」は最新のテクノロジーを活用しながら継続的に進化し、2020年の初めには、iPadとApple Pencilに対応するためAppの完全な再編成と再リニューアルが行われました。

「多くの音楽家や作曲家が、シンプルさの中に潜むパワーを高く評価しています。彼らは、音楽だけに集中したいと考えているのです。「StaffPad」のデザインのあらゆる側面は、目に見えるものも目に見えないものも含め、妥協のないアプローチで構築されています」とHearnは言います。かすかなデザインの違いにより、作曲家がAppを使用しようとする際に、作曲家の環境とAppのインターフェイスとの間に一体感が生まれます。メイン画面の背景は天候や時間帯に応じて色が変わり、作曲家たちに心地よい感覚を与え、創造性を発揮しやすい雰囲気を演出しています。

「選択のパラドックスというのは興味深い考え方です。個人的には、数が少なくても厳選された素晴らしい選択肢の方が、質の伴わない大量の選択肢よりも勝っていると思います。デザインをするとき、ユーザーへ提供する選択肢が少なくても、それらが適切であると勇気を 持って信じなければなりません」

David William Hearn, cofounder of StaffPad

作曲インターフェイスは自由形式で、ユーザーを作曲へと誘います。ユーザーがデバイス上で任意の向きで「StaffPad」を使用したり、任意のサイズでズームしたりすることを考慮して、チームは特に、固定されたページレイアウトに反対しました。代わりに、Appは無限にスクロールが可能な、デジタルの楽譜キャンバスを表示します。ユーザーは新しい曲を書き込む前に、特定のスタイルやサイズを選択させられるのではなく、ただ作曲を始めて、エクスポート時に適切なサイズを選択することができます。

「すべての過程で、完璧なピクセルや完璧なレイアウトをコントロールしようと思えばそうすることは確かにできます」とHearnは言います。「しかし、クリエイティブなフローの最中では、改ページや改行のことを考えたくはないでしょう」

「StaffPad」エクスポートツール

「StaffPad」は、非常にパワフルなオプションを作曲者に提供する一方で、Appは状況に応じて変化するツールセットを使用してインターフェイスを整理し、適切なタイミングで作曲家を適切なツールに誘導します。「私たちは、作曲家が最も一般的に行うことを、最大限に自然な流れで行ってもらえるようにAppをデザインしました」とHearnは言います。たとえば、作曲家がピアノの曲を創作している場合、Appに打楽器用のツールは表示されません。

これには、記譜自体も含まれます。また、「StaffPad」にはApple Pencilが必要です。Apple Pencilの精度が、App内での操作を助けてくれます。チームは他のツールも検討していましたが、最終的には、紙を使った記譜を正確に再現できる方法を採用しました。作曲する際に、Pencilは作曲家に差別化をもたらし、タッチはプロセス全体を補完します。「画面を操作する場合はタッチ。譜面を書く場合はPencil。非常に微妙なニュアンスに聞こえるかもしれませんが、この二重のコンセプトが鍵となります」とHearnは言います。

このような試みは、「StaffPad」の独特な機能を生み出しました。Pencilの筆圧だけで、ペンと消しゴムツールを切り替える機能です。チームは、消しゴムに切り替えるための追加ボタンは、作曲家のクリエイティブなフローを崩すと考えました。そのため、App上でまだ使われていなかったApple Pencilの筆圧感知機能を利用し、Pencilに圧を加えると消しゴムに切り替わるようにデザインしました。「筆圧の設定は、力を入れすぎて『危ない』と思わせない軽さと、書いている最中に不意に作動しない程度の十分な筆圧に設定する必要もありました」とHearnは言います。「適切な筆圧を見つけ出すまでに試行錯誤を続けました」

このAppのもう1つの重要な機能は、文字認識です。これは、手書きの線や図形をデジタルの音符、休符、臨時記号、アーティキュレーション、および強弱記号へと変換します。「Appにある、音楽理論を熟知した脳がこうした処理を行っています」とHearnは言います。「StaffPad」は、殴り書きで音符が書かれても、Core MLフレームワークとモデルを駆使して読み取り、デジタルオーケストレーションを作成することができるのです。

「わがまま」から始まったApp開発にもかかわらず、「StaffPad」は音楽業界で活動をする人々からの支持を受けています。「このAppで気に入っていることの一つは、コミュニティの当事者意識のような感覚を醸成してくれていることです」とHearnは言います。「人々は本当に様々な点でこのAppに愛着を持っています」

Hearnとチームには、コミュニティから定期的に提案、フィードバック、およびストーリーが寄せられています。彼のお気に入りは、教師と学生から送られたメールです。「教育現場から生まれた実際のインスピレーションは、本当に素晴らしいものです」

「StaffPad」で作曲をする女性

「StaffPad」は、コンパニオンAppである「StaffPad Reader」など、ユーザーをサポートする新しい方法を模索し続けています。このAppを使うと、奏者は「StaffPad」にある楽譜をデジタル表示して再生することができます。また、リハーサルや本番中に、音楽の進行に合わせて自動的にページをめくることも可能です。作曲家が「StaffPad」で楽譜を編集または移調した場合、「StaffPad Reader」にもワイヤレスで変更内容が送られ、リアルタイムでパートが再編成されます。

HearnとTeschは、音声入力のインターフェイスをAppに導入するプロセスを始めました。「近い将来、ほとんどのAppで音声が主要な入力方法になると思います」とHearnは言います。「音声入力で、ほぼすべてのコマンドが扱えるようになるでしょう。そして私たちはその使い方をもう知っています」

Apple Design Awardを受賞したことは、チームが奏でる壮大な楽曲の中の1つの音符でしかありません。「やるべきことは、常にたくさんあります」とHearnは言います。しかしここ数年、彼はApp開発とその背後で支えるチームとの連携作業の両方を支援することに喜びを感じてきました。「作曲家は孤独な生き物です」と彼は言います。App開発チームは、それほど孤独ではありません。「主に学んできたことは、まとまりのあるデザインを作成し、そのデザインをチームの人々に説明するために、どのように最善を尽くせばよいのか、ということでした」


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